田瀬法律事務所の日記

2013年11月 7日 木曜日

闘将から名将に

日曜日に今年の日本シリーズが終わり、楽天が巨人を4勝3敗で下し、球団設立9年目にして初の日本一になり、星野仙一監督が球団設立年数と同じ9回、胴上げされて仙台の夜空に舞いました。
今年の日本シリーズは例年にない盛り上がりを見せ、視聴率も非常に高かったようです。
その原因は何と言っても震災で大きな被害を受けた東北の野球チームである楽天が日本シリーズに進んだことが、東北の復興とどこか重なって映り、全国から多くの声援を受けたことだと思います。
また、現役当時は巨人に立ち向かうことで野球人としてのモチーフを最大限に高め、巨人に勝つことに人生全てを賭けていた星野監督が日本一を賭けて巨人と対戦することも、興味をかき立てたように思います。
第6戦でマー君こと田中将大投手がまさかの敗戦を喫し、流れ的には巨人だったと思います。
しかし、最終戦は楽天ペースで試合が進み、最終回には前日160球の熱投をした田中投手が想定外のリリーフに登板しました。
そして、おそらく後々語り継がれると思われる「魂の15球」で巨人打線を力でねじ伏せて、初の日本一の栄冠に輝きました。
当方もテレビ中継を観ていましたが、解説者は田中投手の9回の登板はないと言っており、田中投手が9回に登板することになった際は絶句していたように思います。
そのことに関し、翌日の情報番組ではもしあの場面で落合監督なら絶対に田中投手の登板はなかったと断言していた評論家がいました。
2007年の中日と日本ハムとの間で争われた日本シリーズで8回終了時まで完全試合をしていた山井投手を最後の1イニングだけ岩瀬投手に代え、
結果的には日本一を達成したものの、その非情とも言うべき采配に賛否両論が巻き起こりました。
もし、星野監督ではなく落合監督であれば、全日160球を投げた田中投手の登板は絶対にあり得ず、その場面は好投していた則本投手を続投させていたと、その評論家は言うのです。
落合監督は、ある意味で勝つためには非情とも言える采配と振るうことができる監督で、名将の一人に数えてよいと思います。
星野監督は、どちらかと言うと、古いタイプの体育系の監督で、「俺についてこい」というタイプで、鉄拳制裁も辞さないとも聞いております。
それゆえ、星野監督は闘将というイメージが強かったと思います。
しかし、中日で2回、阪神と楽天で1回すつの計4回の優勝歴があり、そして初の日本一です。
プロ野球界には「名投手は名監督になれない」との格言があり、戦後大投手と言われた金田、稲尾と言った超名投手は監督としてそれほど際だった実績を残しておりません。
その他の大投手(名投手)も監督としては、正直言って芳しい結果を残しておりません。
その中で指揮を執った3球団全てで優勝という結果を残し、さらに日本一の栄冠を手にした星野監督は、これで紛れもなく名監督の仲間入りをしたと言ってよいでしょう。
闘将星野監督の肩書きに名将という新しい肩書きがついたのです。
おそらく、これまで名将と言われてきた監督(三原監督、水原監督、先日お亡くなりになられた川上監督など)は、どちらかと言えば冷静・沈着なタイプの監督でした。
おそらく名将と言われた監督に、闘将と呼ばれた監督はいなかったように思います。
闘将にして名将と言われる監督は、まさに星野監督が初めてだと思います。

投稿者 田瀬英敏法律事務所(恵比寿の弁護士)

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